みなさんが人生で最も心惹かれた景色はなんでしょう?
感動、という言葉だけでは表現できない、
見た瞬間から目が離せなくなった、景色に出会ったことはありますか?
それは留学開始から2週間が経過した、フィン人のリンヌのコテージに訪れた時、
大好きな景色に出会いました。
別段なんともない、フィンランドではよくある景色なのですが、
彼女のコテージに行くときは、今も特別な気持ちになります。
はじめて訪れたこの日は、特に思い出深いです。
朝早く、私たち15人はそれぞれ、3台の車で森へ出発した。
車の後部座席にもたれ、FKJの軽いビートに、窓の外を流れる木々を重ねる。
どこまでも、どこまでも続く、長い長い一本道を、ただひたすらに進むと、
背の高いカラマツの木が生い茂る中、
誰にも見つからないようにひっそりと、湖を眺めるように立っている小さなウッドハウスがあった。
まさに、ベリー摘みをしながらゆったりと過ごす、絵本の世界だった。
つんと冷たい、深い木の香り。
深呼吸をし、耳を研ぎ澄ますと、
ざわざわざわ….
頭上から降ってくる葉のざわめきの声。
なんだか胸騒ぎがする。
みんなの隙を見て、私は一人でそっと、湖に向かって歩き出した。
わくわくどきどき、はやる胸を押さえながら、
誰もいない艶やかな緑が生い茂る庭を下って行った。
足元は、色とりどりの草やコケが細かに咲き乱れる、小さな花園だった。
いろんな背丈の低い植物が、絨毯のようにふかふかで、そっと踏みながら歩いた。
時々、ハナゴケが落とし穴を隠しているので、慎重に足場を選ばなければならない。
(ハナゴケ:トナカイの食べ物)
植生もほんとうに綺麗。とくに目に止まるのが、白い、カスミソウが小さくなったように生えている白いふわふわの草。リンヌによるとトナカイの食べ物だそう。こんなかわいいもの食べてるなんてトナカイはやっぱサンタの仲間にされるだけあるなと思った。白い草の合間からキノコがぴょこぴょこと生え、リンゴベリーらしき赤い粒が白に生える。背丈の低い緑の植物が彩を添え、実にカラフル、それでいてひっそりとした北欧の森の中の情景を形成している。踏むのがほんとうにもったいない。白い草やコケを踏みながら歩いていると、たまにソファにように本当にふかふかした部分に出くわす。だれか「落とし穴があるんちゃうー!?」って叫んでたけど、それくらい、忘れたころにひょっこり出くわすから結構驚く。(日記)
湖に近づくにつれて、私はだんだんと足を速めた。
まるで磁石で引き寄せられるように、一歩、また一歩、無心で湖へ降りていく間に、
心はどんどんと軽くなっていって、無意識に口角があがってくる。
ついに、パッと顔を上げた。
「わぁ………」
その圧倒感に、しばらくあっけにとられて立ちすくむ。
感動、という言葉では言い表せなかった。
でも同時にとても安心感があって、なんだか家に帰ってきたような、
ずっと忘れていた場所に、やっと戻ってきたような気持ち。
対岸の森とそのまた森、地平線へとどこまでも続いていく森が呼んでいる。
そろそろと石に腰を下ろすと、慰めるように風が私の顔をなでた。
きっと誰も見たことのない森の奥底から、吹いてきたのだと思うと不思議な気持ち。
波が岸を打つ音が、ぽちゃん、ぽちゃん、と心地良い。
心が引っ張られるのに、その先へは決して進めない無力感と、
木のざわめきに囲まれた静の空間を独り占めできる幸せ。
正直、一人にしてほしかったんだけどな…
ここでベラベラ話す気にはなれなかった。
しかし彼女は一言も発さなかった。
黙って、私と同じ方向をじっと見つめている。
とうとう気まずくなって、私が沈黙を破った。
「…私ね、すごく不思議なんだけど、ずっと、ここに来ることを夢に見てたような気がする。」
彼女は何も言わない。
「小さいころから、ちょっとストレスを感じたとき、
どこかの波打ち際に座って、何も考えず、感じず、一人でぼーっとするイメージをよく思い描いてた。
今ここに座ってるとすごくしっくりくるの。そのイメージがぴったり重なって。」
私はいつからか、自分の感情や考えを伝えるのが苦手になった。
他人に自分のことを理解してもらうことをあきらめていたので、
いつもどこかで他人との間に一線を引いていた。
だから、自分の内面はめったに表に出さなかった。
「…前世、フィンランド人だったんじゃない?:D」
しばらくしてから彼女がこう言い放った。
この場所に立ったとたん心が安らいだこと、ここに来ることをずっと夢見ていたように感じたこと、
私が感じていた不思議な気持ちを、彼女はすっかり理解しているようだった。
「私は小さいころからここで時間を過ごしてきたの。森の静けさの中で鳥の声をきく時間、
ここに戻ってくるといつも落ち着くわ。私と妹はよくあそこの島へ行って、…」
彼女は私と同じトーンで、同じ目線から自然を愛おしんでいた。
まるで彼女自身も、この気持ちをよく知っているかのよう。
全く異なる環境で生まれ育った私たちが、同じような感情を共有する、とても不思議で心地よい空間だった。
「フィンランドには、他人のsilenceの時間を邪魔しない、尊重しなきゃいけないという考えがあるの。」
ここには、私と同じような人がいっぱいいる。
”シャイ” ― 日本や他の国では、この一言で片づけられてしまうような人が、
ひそかに、自分の世界観を鮮やかに彩る時間と空間が与えられる、素敵な国だと思う。
シャイで寡黙なフィンランド人と揶揄される彼らの中身は、本当に色とりどりだ。
自然を守り、自然を頼り、その中で自分の時間を生きている。
自分の居場所はここなんじゃないか、と思った。
番外編
フィンランド人がサウナの後に、好き好んで湖に飛び込むワケがわかった気がした日。
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