フィンランド人はなぜサウナの後に湖に入るのか。幸福の理由:自然とサウナとフィンランド人。【フィンランド/ヨエンスー留学日記】

ヨエンスー
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みなさんはサウナはお好きですか?
フィンランドのサウナは、日本のサウナとは別の物。
私はサウナが長らく嫌いでしたが、フィンランドのサウナは好きになりました。
湖へのダイビングサウナ、凍った湖へのダイビングサウナ、雪へのダイビングサウナ、
いろんなサウナを試してきましたが、
一番最高だったのは、夕暮れ時の空が赤色に染まるときの、
反射してピンク色になった湖を、独り占めできた時。
自然と、サウナと、フィンランド人。
この3つは密接につながりあっているんだな、と学んだ日でした。

日記

 

<日記>

このサウナto湖は、今までで最高の心地だったかもしれない。

いつも他の人たちがせかせかと湖に行くが、

今回は一人だったから、自分がそろそろ行くかな、と思うまで悠々と待てた。

ちょっとふらふらしてきたところで、さあ行くかあ。

と腰をあげ、いざ外に。

出た瞬間に、そんなに寒くなかったが、「あ、これはもう無理かも」と思った。

芝生を走っている時点で、「もう戻りたい・・・」

波打ち際前で引き返そうと思った。

足を踏み入れる。

ひんやりとした冷水に、今にもくじけそう。

腰まで入るの嫌だなぁ。絶対「う”うううぅぅぅ」っていう、あの

体の中心がこわばる感じがだんだんとやってくる…!

おなかにぐっと力が入る。

でもいざ太ももくらいまで入ると、

腰も、あれっと思う間に、気が付けば入っている。

そこまでくると、根性!!!と肩までつかるが、

肩までつかると一気に全身が凍りつき、

息が発作的に「はぁーはぁっ!はぁーはぁっ!」としゃくりあげるようになる。

ここから数秒間はつらい。

来た事を後悔する。

なんでこんなつらいことを自ら進んでしてるんだろうと自責の念にかられる。

しかし数秒後、体が湖の冷たさに適応してくると、周りに耳を傾ける余裕が生まれる。

ふっと周りを見渡す。

波面が目の高さにそろい、そこから見る景色の神秘さ。

どこまでも静かに広がる灰色の湖。そのはるか先に見える、無人の森。

上を見上げるとかもめが二羽、自分のすぐ真上の空を、奥から前へと飛んでいく。

さらさらとしなる白樺を下から仰ぐ。

自分が湖に住む小さな生き物になったような、

自分が湖の一部となってフィンランドの静かな森に溶け込むような。

ずっと前から知っていたような。

森の中のだれも知らない秘密の場所に、自分だけが入りこんだような。

人間もかつては自然の中にいたんだなとわかる。

なんともいえず気持ちの良い体験だった。

足から始まり、体が全部湖の冷たさと平衡になると、いつまでも居れる。

そこから抜け出せなくなって、しばらく漬かっていた。

私はあまり泳ぎたくない派。

じっくり周りを見たい。自分の立てる波音で周囲の静けさを書き消したくない。

静けさに落書きをしたくない。

そしてまたサウナに帰って、また行くのだが、また最初から繰り返し。

最初は嫌なんだけどね。最後には最高に気持ちよくなる。

やっと、フィンランド人がなんでこれを好き好んでやるのか、

本当の意味で少し理解ができたかなと思う。

また、フィンランド人がなんで自然に対して根っからの愛着を持っているのかも。

大好き!っていうそんな強くはっきりした愛ではないけど、

なんていうか、なくてはならないというか。

ある英単語をニュアンスで理解して、説明できないあの感じ。。。

フィンランド人にとっての自然

自然との深い依存関係
フィンランド人と自然は、私たちが考えているより、ずっと深いところで強くつながっている。
例え都会に住んでいても、彼らにとって自然は決して遠いところではない。
多くのフィンランド人は、人里離れた場所に自分だけのコテージを持っていて、
ことあるごとにいそいそとそこへ赴く。
生活用品の中にも自然を求め、
有名なマリメッコ、イッタラ、アラビアなど、よく見るとすべて自然モチーフ。
ヘルシンキのトラムは、車体の緑は森、窓は湖をイメージしてデザインされているし、
会社や空港などの壁には、白樺の森や、地元の自然の景色を全面に張り出すほどの自然愛好家。
たとえ旅行した先でも、行きたい場所に必ず自然がランクインする。
まるで自然がないと、息苦しいとわんばかりに、
自然に囲まれると顔が生き生きと輝きだすのを、私は幾度か目撃した。
東京に暮らしていたあるフィンランド人の唯一の不満は、「自然が遠い」ことだった。
「なんでフィンランドに来たの?森と湖しかないじゃない」
と口では言うものの、本当は愛してやまないのである。
彼らにとって、自然はアイデンティティであり、ホームであり、人生のベースなのである。
自然に帰る意味
そんな彼らは、人間が自然から離れて生きることの不自然さを、よくわかっていると思う。
幸福度が世界1位で有名なフィンランドだが、それは自然なくして決してなしえなかったろう。
人は自然に癒され、自然に助けられ、自然に学ぶ
人間は、生態系サイクルを循環させるただの1要員なのだ、という謙虚さが、
彼らの幸福を感じるレベルを下げているのである。
仕事や勉強で生まれたストレスで、人を攻撃してしまいそうなとき、
多忙で自分の気持ちが見えなくなってしまったとき、
そういうとき、彼らは自然に立ち戻る。
自然の空気を吸って、自分を再起動することで、
ぬくもりと素直さを欠かさず、保ち続けることができるのである。

 

そんな、彼らの日常生活の中でも特別で神聖な場所が”サウナ”
扉を開けると、木の深い匂いとぬくもりのある手触りの、ほっとする空間がいつも迎えてくれる。
― 静寂と木のシンプリシティ ―  他には何もない。
サウナに包まれながら自分と対話する時間は、
自然の中で自分と静かに向き合う時間に、間違いなく通じている気がするのだ。
サウナに入って、湖に飛び込んで、ベンチに座ってぼーっと空を眺める。
この一連の過程で、フィンランド人は自分と自然とのつながりを再認識する。
大きな生態系サイクルの小さな一要素として存在している、自分の命の鼓動を感じるのである。

 

 

番外編

留学先をフィンランドに決めたきっかけになった留学生との出会い。

【とあるスウェーデン人との出会い】”北欧”に出会い、”世界”が広がった。
私が初めてスウェーデン男子と話し、自分の外国人に対するステレオタイプを打破する中で学んだこと、そして気が付いたらフィンランド留学していた話。

フィンランドに恋に落ちた日の話。

人生で最も心惹かれた景色:私がフィンランドを愛す理由【フィンランド・ヨエンスー留学】
目の前を覆いつくす青黒い静かな水面に、心を奪われた。初めてのコテージ体験での私の絶景。フィンランドの人たちと自然の深い共存関係と、「沈黙」を尊重する意味。

 

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